闇の翼−Illegal wings−

第1章「闇の者」


広い、日暮れの緑の海の上で、一人の男が対峙している。
長髪の若い男と。
「何者だ?ここで人と会うのは初めてだ。」
男は軽く戦闘体勢をとり、問いかけた。
「なぜ戦闘体勢をとるんだ?別に俺に戦闘意欲はない。それともお前が望んでいるのか?」
表情を変えずに長髪の男は言う。少し嘲りもあるように見えた。
男は少し嫌な気になったがもう一度問う。
「戦いたいわけじゃない。ただここで人に会うのは初めてなんだ。」
「ならばその体勢を止めろ。警戒をしている限り話はしない。」
長髪の男が軽く手をかざす。指先からは異様な気が出ていた。
それを察して男はようやく体勢を解いた。
長髪の男の手が下げられる。
「それでいい。」
「じゃあ問いかけに答えてくれ。」
長髪の男は何も言わない。動こうともしなかった。
「どうしたんだ?」
「話すことなどない・・・」
男が反論する間も与えずに続ける。
「・・・俺が答える義務などない。これだけ言っておこう。関わらざる者に関れば自らの命を失うことだ・・・」
言っているうちに長髪の男の姿は消えていた。あたりを見渡しても姿は見えない。
「一体なんなんだ・・・」

男はまだ草原を歩いていた。あてもなく、ただ前に。
男は何か気がかりで仕方が無い様子で歩いていた。
やがて日が消えていった。草原は突如永久の闇に姿を変える。
男は何かの気配を感じた。この世界にはないものの気配を。
それは姿を現した。
「なっ・・・こいつは一体・・・!?」
見るからにこの世には存在しないはずのものだった。
漆黒の体に手足が生え、目は青白く光っていた。
化け物というにふさわしい存在。恐怖を超えた怖気が男を襲った。
化け物は溶けるように地面に消えた。
(ど・・・どこへいった!?)
男は辺りを見回す。しかし永久の闇に溶けた黒い姿は見えなどしなかった。
(くっ、どこだ・・・)
必死に目を凝らす。
その刹那、青白い光が足元をよぎる。
(・・・後ろか!)
男が振り向いた瞬間、青白い光は赤く強い光へと変わった。
目を焼き付けられ,動けなくなる。そして、化け物はまた姿を現す。
その姿は先ほどとは違う、黒い塊へと変貌していた。
丸い球体から黒い腕が突き出される。
「ぐっ・・・」
黒い腕は男の体を貫いていた。だが、痛みはない。
ただ何かが吸い出されていくような、嫌悪感。
時が進むにつれ、意識が遠のいていった。
空が漆黒の翼に覆われる。それは幻覚ではなかった。
「やはり現れたか・・・人間と関わりを持つのは嫌いなのだが・・・」
一人の男が現れた。
黒い衣に身を包み、背中には蝙蝠のような黒い翼、それでも暗闇に映える姿をした、長髪の男。
鋭い眼光、もはや化け物などとは比にならない怖気、闇の力。
視線は男ではなく化け物に向けられていた。
「覚悟しろ・・・魔道のカスども」
言うのと同時に長髪の男の姿は消えていた。
化け物が反応する間もなく、球体は二つに割れていた。
化け物の腕が男を放し、地面に溶けていく。
男は地面に叩きつけたれたが、意識は戻っていた。
「あいつは日暮れの・・・?」
よくわからない奴である。
「おい、逃げるなよ。」
後ろで声がした。先ほどの長髪の男だ。
意識が戻ってからよく見れば、長髪の男は手に鎌を持っていた。
異常に巨大な鎌・・・よく死神などが持っている、サイズというやつだ。
「逃げたならばその身をもって償ってもらう・・・命との引き換えだ。」
それを言うと化け物の方向き直った。
「さて・・・カスどもが何匹出てくるか見ものだ。」
化け物が、また現れた。一匹ではない。
数十という数になっている。
長髪の男は翼を広げ、空へと上がった。
そして、化け物の軍勢めがけて急降下する。
(カスの数はせいぜい四十・・・ヒルディグスだけで全滅させる)
地面すれすれで鎌を振り下ろす。
大地が割れ、化け物たちの動きが止まる。
鎌はその体を全て貫き、吹き飛ばした。
「存在すら許されぬ者どもよ!この世から消え去り、その魔力を闇に帰せ!」
大半の化け物の体が空へと昇っていく。
(闇の者・・・日暮れに言っていたのはこのことなのか・・・?)
男は逃げるなと言われたが、とても逃げることなど不可能だった。
恐怖で動けるような状態ではない。
異様な気のする長髪の男が来てからというもの、化け物たちはこちらには来ない。
逃げるように溶けていくばかりだ。
長髪の男は少し後ずさり、化け物たちに向かって手を差し出す。
「消えてばかりでは話にならんな。引きずり出させてもらう。」
その手から漆黒の紐が現れる。紐はそのまま化け物が溶けた場所に突き刺さる。
手を引くと、溶けていた化け物が周囲から一斉に現れる。
化け物たちは長髪の男を囲むように立っている。最後の戦闘態勢である。
化け物は一斉に腕を上に上げ、振り下ろす。
長髪の男にめがけて漆黒の球体が落ちる。
しかし、漆黒の球体は長髪の男の頭上で砕け、弾け飛んだ。
「所詮は魔道のカス・・・その程度で俺を殺せると思ったか?」
長髪の男は嘲り笑った。同時に鎌を振りかざし、大地を引き裂いた。
「消え失せろ!」
叫び声で空が割れた。黒い塊が空中で砕け散る。
全ての化け物の姿が天へと昇った。空は黒い雲に覆われた。
「これで全部か・・・?」
長髪の男が警戒を解かずに鋭い目を少し男に向ける。
男がいることを確認すると空に向かって目を向けた。
「まさか・・・またワストフシオンか・・・!?」
何かよくわからない言葉を発した後、男に警告した。
「これからこの周囲にいては確実に死ぬことになる。命が惜しいのなら俺の指示に従え。」
「わ、わかった。助けてくれ!」
「さぁな・・・俺は指示を出すだけだ。」
長髪の男は空を見上げて時を待った。


第一章・「闇の者」